こうして、1つ、これから本へ。
そうこうしてましたら、ついに、帰国日ということで、
この長い長いプロジェクトも、やっとこさ、1つの段落を迎えるのです。
あー遅すぎて、本当失礼しております。
ブラジル・リオから東京へと。
最終日とは不思議なもので、いきなり全てが最後に見えて、何か特別なことをしなくてはいけないような気がします。
最後の夜はパーティーして過ごした方がいいのか、
何か特別なことをするべきなのか。
しかし一方で、
「いや、またいつでも旅に出ればいいじゃない、またいつでもリオに戻って来ればいいじゃない。」
そんな気持ちの方が勝っている気がします。
なんとなく、そう思えることが、潤pがこの旅で1つ得られたことなのかななんて思ったり。
とりあえず、まー色んなことがありましたこの旅。
ただ、プロジェクトはまだまだ終わっていません。
旅で知ったこと、得たこと、学んだこと、そういったことは、全部、書籍にまとめさせていただきます。
潤pの心の変化と成長のストーリー。
その辺りのことは、実はこれまでブログには全く書いてきませんでした。
本にはその辺りの、ブログにはない情報が乗ることになります。
本来であれば、最後のこういった記事では、振り返りみたいなことを書くべきですが、そこは本に託すということで、
どうか今後とも、是非ともお付き合い願いたいと思います。
まずは1つの締めとして、長い間記事を少しでもチェックしていただきました皆様に、感謝申し上げたいと思います。
ありがとうございました。
そして、書籍をお楽しみにどうぞよろしくお願いいたします!!
ちなみにブログは、これからもちょこちょこ更新させていただきますよ!
失業率10%越え!? 経済危機のブラジルで、ブラジル人がこんなに毎日楽しそうな理由。
世界は歴史の上に成り立っている。
そんなことを、メキシコ、ブラジルを超えてつくづく思うのです。
*サンパウロの日本移民史料館
ブラジル、サンパウロの日本史料館へ行った時、なんだかやたらと胸が熱くなる。
70年前の日本人は、色んな苦労を乗り越えて命を繋ぎ、ブラジルに移民していったんだなぁ。と。
やっぱ歴史があるから、今があるんだなぁなんて。
*サンパウロの日本移民史料館
ラテンアメリカの国々(訪れたのはメキシコ・ブラジルだけですが)は未だに、「昔」を強く引きずって、歴史の上に成り立っている国々だと感じます。
世界中の国が当然ながらそうして歴史の上に成り立っているのですけれども、とりわけ昔からの制度や価値観、生き方が色濃く残っているのが、ラテンアメリカの国のように感じます。
*サンパウロの教会
特に、スペインやポルトガルの植民地時代から続く、格差の問題。
www.jumpeikobayashi.comwww.jumpeikobayashi.com
いくつかの記事でもまとめましたが、未だに白人系、原住民系の間には、埋まらない溝があるようで、植民地政府が打ち立てた徹底的な白人至上主義の影はそこかしこに今でもうかがえます。
またさらに、メキシコ人も、ブラジル人も、政府が大嫌いで、国を出ていていきたいと願う人が多いこともポイントで、
ヴィヴィアン:ブラジルにいることに、もう疲れてしまったの。自分が学びたい分野が発達していないし、それを評価する環境もない。
そう語るのは、原子力エネルギーを大学院博士課程で研究するブラジル人女性ヴィヴィアンさん。
彼女はこれからの将来を考え、これからオランダの大学に留学し、そのままオランダに住みたいと話します。
ヴィヴィアン:誰もがワールドカップ、オリンピックに期待を抱いていたんです。でも、何も変わらなかった。結局そのあとに経済危機に陥って、全てが落ち目になったの。そこでもう諦めた、ブラジルは本当にダメだって。政府が、昔から何も変わってないのが一番の問題よ。
植民地時代から残る政府の体制に、不満を募らすブラジル国民は非常に多い。
経済最悪なのに、あんたらなんでそんなに明るいの、ブラジル人。
ブラジルという国は、なんだか違和感だらけな気がします。
失業率が10%越えだというのに、やたら物価が高い。
税金が高いのに、福祉制度の質が低い。
一見何もかも明るいのに、実態は最悪の状況。
なんなんでしょうかこの違和感。
民泊のホストは、こんなことを言いました。
ホスト:ブラジル人にとって一番大切なのは、今を楽しむことなんだ。
ブラジル人はイメージ通り、本当に明るい。
そして、今を全力で楽しんでいるような人たちばかり。
1人のブラジル人男性はこう言います。
ブラジル人:ブラジルの政府や経済は、昔から本当に最悪なんだ。でもだからこそ、ブラジル人は明るいんじゃないかな。もう諦めてるから、全てに。明るくならざるを得ないんだと思うよ(笑)。
仕事よりも、好きな人との時間を大切にしたり、
遊びたい時は遊んで、疲れた時は休んでのバランスがうまかったり、
ブラジル料理が基本特盛な理由は、誰かと分けることを前提としているからなんてのも、
なんだかブラジルらしいのです。
*特盛ブラジル料理。食いきれねぇ。。。
ブラジル人:常にその瞬間を最高でいたいんだ。だから、将来的に子供が欲しくなっても、その瞬間に欲しくなければ、今から結婚相手を探して、とかそういうことは思わないな。考えたくないし。なるかもしれない未来の可能性のために今を生きるより、今を最高にハッピーに生きること、それが大切かな。
*ブラジル人宅でパーティー
遊びたいときは遊べばいい、疲れたときは寝ればいい、好きな人ができたら愛せばいい、セックスしたかったらすればいい。
それが、ブラジルで教えられたこと。
なんだかここの人たちは、経済状況、国の状況は最悪なのに、これまでの国で、1番人間らしく生きているように見えました。
【ブラジル・リオデジャネイロ遊び尽くし!】サンタテレサ、ポン・ヂ・アスーカル、セラロンの階段、アサイーまで観光!
最後の国、ブラジルにして、最後の都市、リオデジャネイロ。
最後の最後にして、本気でここに永住してやりたいと思うほどに、最高な場所だったのであります。
あー戻りたい。
アツイ太陽とキラキラビーチの街、リオ!
リオといえば、まず何といってもビーチの街!
地図を見ていただければの通り、街が、海と無数のビーチに取り囲まれているのです。
ビーチに行くことは、リオに住む人達の日課であります。
朝海で泳いで、1日をスタート、
とか、
夕日をビーチに見に行って、夜は飲みに行く、
みたいな。
市街地からも見える、大岩山ポン・ヂ・アスーカル。
ロープウェイで登るんですが、
そこからの景色はもう絶景!
リオの街には楽しいことが溢れてます。
カラフルなハンドメイド品が売られるマーケットが賑わっていたり、
やたらカラフルな階段があったり、
*セラロンの階段(以下地図)
どこに行っても海があるし、
やっぱ地元民サッカーしてるし、
毎朝アサイーで目覚められるし。
ただ、、、人気観光地だけに、多くの犯罪がここリオデジャネイロで起きていることも用心してください。
夜の旧市街は特に危険ですので、フラフラ出歩くのはNG。
夜遊びするならUberを使って、Door to Doorが鉄則です。
そんなリオデジャネイロで、一番にお勧めしたい場所が、サンタテレサ。
潤pがairbnbで滞在していた場所なのですが、丘の上にある、リオ一番のオシャレアート地区。
ギャラリーや工房、オシャレなカフェやレストランが多い、アートに溢れたエリア。
可愛い路面電車も走ってる。
夜も人で賑わい治安も比較的安全。
毎晩外に出て、飲み屋をはしご、ブラジル人たちとおしゃべり。
どこのバーに入っても、賑やかで楽しくて、ものすごい地元感がある。
楽しすぎるリオデジャネイロ。
ブラジル人の陽気なテンションと合わせて、のびのびと楽しめる場所なのです。
有名なジーザスもいるよ!
【日系ブラジル人ってどんな人?】日本語が話せない「日本人」が教える、苦しみを希望に変える生き方とは?
地球の裏側に、世界一の日本人街があるって、知ってましたか!?
上の記事でもご紹介しました、ブラジルのサンパウロには、世界一の日本人街、リベルダージという場所があります。
遡ること、100年以上前、奴隷制廃止による労働者不足に悩むブラジルと、貧困が拡大する農民層の受け皿を探す日本とが合致し、日系移民がブラジルに送り出されるようになりました。
様々な苦難を乗り越え、ブラジル農業を支えてきた日系ブラジル人。
そんな日系移民は今や3世、4世となり、今もこのブラジルの地に多くブラジル国民として生きています。
今回は、そんな、日本人の血を100%流しながら、ポルトガル語を話し、ブラジル生まれブラジル育ちの1人の男性に、その人の人生から見えたブラジル、聞くことができました。
日本語が喋れない、日本人?
*ダニエル(写真左)
日系3世のダニエルは、相手の意見をとても尊重してくれる、物腰のやわらかな人です。
これまで様々な企業でマーケティング職を経験し、現在は短期的にフリーランスとして広告の仕事をしています。
ブラジルの名門、サンパウロ大学を卒業した彼は、その後フランスの大学院でビジネスを学び、そこからコロンビアで就労、現在ブラジルに戻ってきてフリーに、というような異色なキャリアを持っています。
ポルトガル語、英語、フランス語、スペイン語を流暢に話すという彼ですが、実は日本語はほとんど話せません。
ダニエル:小さい頃、10歳まで日本語学校に通ってたんだけど、父親が日本語にあまり積極的ではなかったんだよね。でも、おばあちゃんは日本語を積極的に覚えさせようとする人で、小さい頃は、「行ってきます」「いただきます」「ごちそうさま」「ただいま」は必ず言わされていたんだ。
日本食をいつも作ってくれた祖母を懐かしく思い出すというダニエル。
2人いる祖母それぞれのカレーの味が、1人はドロドロ系、1人はサラサラ系だったなんて話を笑顔で話してくれました。
*サーモンの皮握り。ブラジルの定番寿司だそう。
ダニエル:ブラジルに日本人はとても多いんだ。日本人の少ない地域でも、ブラジルに日本人が多いことはブラジル国民誰でもが知ってる事実なんだ。
移民の歴史の浅い韓国人や中国人は、現在2世あたりが多いのに比べ、日系移民は3世、4世、5世も生まれる時代になっていると言います。
ダニエル:日系人は基本学力が高いと思う。元々移民で貧しくて、地位的にも下にあったから、学力でのし上がることを考えたんだ。僕のおじいちゃんの一番の夢は、孫たち(ダニエルたち)を国で一番優秀なサンパウロ大学にいれることだったんだ。
結果、兄弟ともにサンパウロ大学に入ったそう。
教育熱心な家族が多いために、日系ブラジル人は英語が話せたり、学歴が高かったりするようです。
ブラジル人って、、、誰!?
ブラジルに来て、いろんな人と会うたび思うこと、
「私の家族はポルトガル系なの」
「僕にはドイツ人の血が入ってるんだ」
「俺の祖父はスペインで、祖母はイタリアからなんだ!」
みんなそんな調子。
え!?ブラジル人って誰なの!?
ダニエル:ブラジル人って何者かって、うーん、多分固定の定義が存在していないんだ。そこが特徴だと思う。例えば、アメリカ人が自分をアメリカ人だと思うのは、アメリカの持つ世界的なブランド力とか、世界的大企業が多かったりってことがあるからだと思うんだけど、ブラジルにはそういうのがないから、自分がブラジル人だぞ!って強いアイデンティティを持ってる人って、少ないと思う。
だからこそ、日系移民たちが自分たちの居場所を見つけ、世界的にも長い歴史の中で居住圏を拡大できたのでしょう。
*イタリア系ブラジル人のairbnbホストファミリー
ルーツを探り、コンプレックスと向き合った日本旅。
そんなダニエルは今年の初め、初めて日本に行ったといいます。
ダニエル:自分のルーツを探って、自分が何者か知りたかったんだ。自分は100%日本の血が流れていながら、自分は西洋的な思考を持って育ってきた。ずっとそこに違和感を感じていたんだ。
小さい頃から白人至上主義の格差社会に育ってきて、常に自分は白人には届かないという劣等感の中で生きてきたと語るダニエル。
しかし、日本に来た瞬間、誰もが同じ顔をして、ブラジルとは全く異なる価値観の中に生きていることに驚かされたと言います。
ダニエル:その体験があって、初めて自分を認められるようになったんだ。そしてその時同時に、肌の色や見た目ではなく、自分のアイデンティティはブラジル人だってことにも気がついたんだ。
自分が変われば世界は変わる。
もう1つ、日本に行って気づいたことがあるといいます。
ダニエル:自分のルーツと対話して今思うのは、自分の人生を変えられるのは自分だけだってことだね。世界は変わってくれないし、自分の都合のいいようには世界は動かないんだ。でも、自分の頭の中が変わった時、同じ世界を違う形で見ることができるようになるでしょ。その瞬間が、人生が変わる瞬間だと思うんだ。
これまで、自分の出自に関する劣等感に悩まされてきた彼。
今は、それを受け入れて生きているんだと語ります。
潤p:実は、もうすぐ日本に帰るのが少し不安なんだよね。日本社会に馴染めるかみたいな。。。
ダニエル:それこそ、潤pはこれだけ世界を周って、全く新しい価値観にたくさん出会ってきたわけでしょ? いろんな生き方を知ったわけでしょ? 日本に帰っても、もう潤pから見えている日本は1年前の日本とは違う場所なんだ。だから心配する必要はないと思うよ。
ブラジルの政府は、昔から腐りきっているという彼。
汚職があり、変わらない格差があり。
ダニエル:日本でも汚職はあるけど、日本の場合は、まだお金があって、国民の人生が保証されている中でのものだから被害も少ない。けどブラジルは、お金のない国民からお金をとるわけで。例えば医療保健がほぼなかったりね。だから先進国の汚職と、この国の汚職とではわけが違うんだ。
このような環境で育った彼だからこそ、自分を変えなくてはならないという発想が生まれたのではないでしょうか。
どんなに辛い状況でも、自分が変われば、角度が変われば、素晴らしいことになるかもしれない、そんな思いをダニエルから感じます。
ダニエルの未来。
潤p:今後はブラジルで働くの?
ダニエル:ブラジルで働く? 経済危機のこの国で仕事を探しても、もう当面は意味がないと思ってる。
自分のアイデンティティと対峙しながら出した答え、それがダニエルのライフストーリー。
潤p:ダニエルの夢はどんなもの?
ダニエル:夢ってしっかりしたものはないかなぁ。常に、毎日毎日変化していく自分と対話しながら決めていきたいと思ってる。
変化するブラジル。新しい世界を造る突破口!?
そんな中、面白いことに、最近ブラジルでは美意識に変化が訪れつつあるそうです。
日系人の2人の女性が、今ブラジルで大人気らしい。
白人至上主義の価値観から、それ以外の美も認めつつあるという社会潮流にあるといいます。
確かにブラジル社会の根底には人種格差の構造があるのかもしれませんが、ブラジルで感じたのは、それをも突き抜ける明るさ。
誰でもどんな人でも許容してしまうような明るさが、この国の魅力だと感じました。
この事実としての多様性と、まだ不安定で決まりきった形が存在していないこの国のムードは、もしかしたら新しい世界を造り出す突破口になるのかもしれません。
潤pはこの絶望的な環境で、底抜けに明るいこの国が大好きです。
【ブラジル・サンパウロで大晦日年越しカウントダウン!】リベルダージ、日系移民史料館、サッカー・ミュージアム、ズー・ライ寺まで観光!
ついに、、、
最後の国に到着してしまいました。。。
ブラジル!!!!!!
ブラジルはビザもいるし、ビザ高いしめんどいし、物価も高いし、なんか色々問題はあるのですが、なんなんだろう、とりあえず行かねばならぬ気がしてまして。
なんとかメキシコシティのブラジル大使館でビザをゲット、まずはブラジルの最大都市サンパウロにやってきました。
ビルも立ち並ぶ大きな都市ですが、ここも治安はよろしくない悪名轟くところ。
気合を引き締めて。
サンパウロは、世界最大の日本人街があることでも知られる都市。
リベルダージという地区にある、大きな日本人街です。
こんなに日本を感じられた場所も世界広しといえどもないでしょう。
そんな場所が地球の反対側にあるというのも不思議な話ですけども。
昔、日系移民が多く移り住み、日系人にも寛容な文化です。
是非とも時間があればブラジル日本移民史料館には行ってくださいませ。
日系移民の人たちの生活や困難の開拓活動が丁寧に展示されていて、同じ日本人としてこれは見ずにはいられません。
ブラジルといえばサッカー!
サッカーのことはあまり知らない潤pですが、とりあえずサッカー・ミュージアムには行くしかない。
スタジアムに併設されるミュージアムで、
なかなかハイセンスな展示スタイルが面白い。
そんでもって、グラフィティが好きならベコ・ド・バットマンへ。
グラフィティに溢れた街の一角は、オシャレな撮影スポットにも。
まぁそんなサンパウロなわけですが、滞在中にはなんと、ビックイベントが!!
大晦日にお正月!!!
とりあえずブラジルで年越しなんて楽しそうじゃないですかということで、時期を合わせてブラジルに。
大晦日の夜は、airbnbのホストファミリーのお食事にお邪魔させていただき、
そのまま皆んなで電車に乗ってカウントダウンに!
サンパウロ一の大通りが歩行者天国になって、町中の人が集まり、ここでカウントダウンの花火が打ち上がります。
もう人の数がすごい、さすがサンパウロ!
↓そして、これがカウントダウンの映像です!↓
その日は、さらに他のブラジル人友人宅で、大晦日のパーティーを夜通し楽しんで、ブラジリアンのお祭り好きに、体力を全部持ってかれます。
翌日は、、、まさかの初詣!!
サンパウロ近郊には、まさかのお寺が!
ズー・ライ寺(Templo Zu Lai)というところ。
友人が、初詣に連れてってやるよー!と、まさかの初詣にやってきたのです。
おそらく中華系のお寺ですが、行ってみる価値はあり!
そんなこんなのサンパウロ。
ブラジルはなんだか楽しいです。
【メキシコの大学生は、皆んなメキシコが嫌いなの!?】超えられないメキシコ人種格差の壁と実はシンプルなその理由。
近年のメキシコ人若者層の大きな動向といえば、海外へ移住する人が増えていること。
言い方を変えれば、国を捨てる若者が非常に多いことだと思います。
今、メキシコ人の移住先人気国はカナダでしょう。
世間を賑わせたトランプのメキシコに対する厳しい政策の裏で、カナダ政府はメキシコ人にビザなしで入国することを認めました。
カナダ政府の安価な労働力の需要という政治的内情があったとは思いますが、当時メキシコ人の間では大きな話題となっていました。
A:ちょっと高学歴の若者は、最近皆んな海外に出て行ってしまうらしい。政府が腐りきっていて、賃金も低く、将来性のないこの国にいてもどうしようもないって考える若者が多いんだと思います。
そう語るのは、メキシコ在住日本人のAさん。
潤p:大学にいけない若者はどうなるんですか?
A:大学とかに行けない人は、そもそも外の世界のことを知らないから、路上や電車の中で物を売って稼いだり、スリになったり、これまで通りの生活をするだけだと思います。
つい数日前まで過ごしてきたヨーロッパ、北米では見なかった、電車内での物売りの光景がやけに新鮮だとちょうど思っていたところでした。
発展途上、じゃないメキシコ?
これまで東南アジアからアフリカも含め、多くの「発展途上国」を旅してきたわけですが、そのどの国も爆発的な成長力とエネルギーに満ち溢れておりました。
そしてそこに生きる若者は、自国で働いていき、結果的に自国のマーケットに還元していこうとする人が多かったように思います。
しかし、同じ第三世界に括られるここメキシコでは、なんだかそのエネルギーがあまり感じられないのです。
出会った若者が口々に言うのは、
「早く海外にでて行きたいの」
「メキシコの政府は最悪」
「この国では生きて生きたくない」
何だか自国に対して、ものすごくネガティブなものばかり。
いったいこの理由は何なのか。
それが少しづつ見えてきます。
白人と原住民の、人種格差。
メキシコシティの街を歩いていると、地区の空気感がエリアによって全く異なります。
高層ビルが立ち並び、スターバックスがそこらじゅうにあるようなところには白人が多く、タコス屋が軒を連ねて賑やかに人が行き交いするような場所には、原住民系の人が多いように思います。
メキシコには、大きく分けて2つの人種が。
スペイン植民地時代に渡ってきたヨーロッパ系の人々と、元々の定住者である原住民系。顔をみれば一目瞭然。
ベネズエラ人のairbnbホスト(以下記事)は、こんな話をしてくれました。
ホスト:メキシコ、ボリビア、ペルーなんかの国は、これまであまり多人種と混じり合ってこなかったんだ。だから、メキシコ人の顔は特徴的で、未だにアステカやマヤからの血統を純粋に受け継いでいる人が多いんだ。でも、僕らみたいなベネズエラとか、コロンビア、ブラジルなんかの国では、原住民と白人、その他の世界中の人種がミックスにミックスをどんどんしていって、決まった「ベネズエラ人の顔」みたいなのがないんだよ。だからベネズエラ人ってめちゃめちゃオープンなのかもね(笑)。
実際そのホストは父親が中国人、母親がスペインのバスク人と、めちゃめちゃインターナショナル。
*原住民系の人が営み、集まる屋台。
メキシコに色濃く残るこの人種差は、経済格差として顕著に現れています。
大学に進学するような若者のほとんどが白人系の血を受け継ぐ人たちで、
露店で働く人々のほとんどが原住民系です。
街中やテレビの広告の登場人物は白人が基本で、
地下鉄は原住民系の人々で溢れています。
メキシカンプロレス、ルチャ・リブレは面白いです。
お客さんやレスラーは、原住民系の人ばかり。
「自由な戦い」という意味のルチャ・リブレの起源は、征服者スペイン人に見立てた素顔のレスラーと、古代アステカ文明を象徴するマスクマンとを戦わせたことに由来するそう。
支配階級へのアンチテーゼから生まれた、被支配階級の文化です。
まさに、人種格差を如実に表したような大衆娯楽。
前回の記事で1人の原住民系の若者が語ったように、メキシコの人種格差には、根深いものがあるようです。
カトリックの国メキシコ。
メキシコの郊外の大学に通う日本人留学生Bさんは、こんなことを語ります。
B:周りのメキシコ人の大学生を見ていると、頑張ってキャリアを築いていこうって考えてる人は少なくて、生まれたままに生きていくって人が多いと思います。その明るさは、それ以外の世界がない、ここに満足するしかないという気持ちから来ているんじゃないかと思います。
キリスト教カトリックが深く根付いているメキシコでは、世襲制など、古くからの社会の枠組みが未だに影響力を持って存在しています。
B:日本人が人を殺さなかったり、いいことをしたりするのは、仏教徒じゃなくても、元々のベースのマインドにその発想が染み付いてるからだと思うんです。それと同じことで、メキシコでは、カトリックの教えが人々の価値観に深く染み付いているんだと思います。
カトリックが優位なラテンアメリカでは、キリスト教の教えが慣習や人格形成においてとても強い影響を及ぼしているそう。
プロテスタントとの違いを考えるとわかりやすいと思うのですが、一般的にカトリックは伝統思考で、個人の努力よりも神に祈ることで救いを求め、厳しい戒律の中に生きています。
そのために、今の自分の環境をありのままに受け入れている人が多いのかもしれません。
プロテスタントの国、アメリカとは対照的な理由がなんとなく想像つきます。
男女の格差がはっきりとしていて、そのためのレディーファーストが徹底されている点も、こういった理由が関係しているのかもしれません。
メキシコは、スペイン?
メキシコの街は、スペインの街。
B:スペインの征服方法は、相手の文化をことごとく破壊して、格差を作り、絶対服従させるようなものだったんですよ。今もその名残があって、メキシコ人のメンタリティに影響しているんだと思います。同じ植民地政策でも、イギリスやアメリカ、日本の植民地はそれぞれ違うんだと思います。
街並みから、人々の思考まで、今日という日まで未だにスペイン征服時代の色を濃く残しているメキシコ。
スペイン文化を基本に、そこにわずかながら古代からのアステカ、マヤの思想を残している、そんな国だと思います。
*古代文明のパフォーマンス。
実はシンプルなメキシコ社会。
メキシコは一見とても不思議な国です。
何で未だに格差が深くて、
何で少し高学歴な若者は国外移住を望んで、
何で貧しい人はそれを受け入れて生きているのか。
そういった疑問は、上で述べてきた1つ1つの社会のピースを理解していくと、少しづつ理解できてきます。
そして実はもしかしたらとてもシンプルな社会なのかもしれません。
単純に低所得者層はそのままの人生を歩むしかなく、高所得者層はより恵まれた豊かな暮らしを求める。
その間は交わることも、超えることもなく、
スペイン支配の名残が未だに色濃く残るこの国の社会構造は、そう簡単には変わらないのだと悟ります。
ただ、それでも人々は、ゆっくりと自分の世界で、自分なりのペースで全てを受け入れながら生きていく、そんな社会だと感じました。
【今、ベネズエラで何が起きているのか?】亡命者が語る、1日に50人が殺される国の現状。
ベネズエラの恐ろしい状況、知っていますでしょうか。
独裁政権によってコントロールされるこの国は、今、1日に50人が殺される治安状況と(*以下記事参照)
チョコレート1枚買うだけで最高額紙幣が10枚必要なほどの、ハイパーインフレーションを迎えています。
多くの国民が国外逃亡し、国内は犯罪に溢れた無法国家状態。
そんな状況から逃れてメキシコにやってきたのが、メキシコ滞在中のairbnbホストのベネズエラ人カップルだったのです。
名前:カルメン(写真右)
年齢:29歳
職業:グラフィックデザイナー
名前:アレックス(写真左)
年齢:38歳
職業:グラフィックデザイナー、フォトグラファー、ミュージシャン
カルメンとアレックスは、メキシコシティに住むオシャレなクリエイターカップル。
気さくで冗談好きの明るい2人です。
*可愛い部屋
滞在中、一緒に料理を作っては、毎晩呑み明かすような日々を送らせてもらい、最高のairbnb体験の1つになりました。
近所には同じベネズエラ出身者も多く、友人たちも集まる賑やかな暮らし。
しかし、そんな優しく気さくな姿からは想像もできない壮絶な人生を、彼らは背負って生きてきました。
スーパーに、食べるものもない。
カルメン:今のベネズエラは、最悪の状態にあるの。社会主義政府のせいで、国はめちゃくちゃ。ほとんどの人が国から亡命していて、私たちの友達も1人をのぞいて全員ベネズエラを出たの。でも最後の1人も、来月メキシコに来るんだけどね。
低迷する経済に悩まされていたベネズエラでは、貧困層が社会主義に希望を見出し、独裁的な社会主義政府が誕生しました。
しかし政府はその後、暴走を始めます。
*飼い犬のベタマックス
カルメン:一番の問題は、ハイパーインフレーション。食料を買いに行くためだけに、リュックいっぱいに札束を詰め込んで行かないといけないの。でも、スーパーに行っても食料が全くなくて、生きていくことすらままならないような環境なの。
ベネズエラの一番の輸出品、原油の価格が下落したことと、政府の経済政策の失敗により、700%にもなるインフレ率となっているベネズエラ。
経済破綻寸前の政府は、海外から食料を買うこともできず、スーパーにも食料品はほとんど並んでいない。
また、買い物をするためにIDの提示が必要で、食料の購入でさえ、厳しく国に管理されています。
カルメン:ベネズエラ人がメキシコに来て、必ず驚くのはスーパー。皆んな、こんなに食べ物があるスーパーってあるんだぁってね(笑)。
*鍵のついた扉が2つある、2人のアパート。
ギャングが統治する、無法国家ベネズエラ。
さらに深刻なのは、犯罪率の問題。
強盗は日常茶飯事で、カルメンはこれまで3回、カルメンの友人は5回強盗にあっているといいます。それも銃を突きつけて脅されるもの。
カルメン:だからベネズエラ人は、今まで何回強盗された?なんて話で盛り上がっちゃうの(笑)。
信じられないような話ですが、政府機能がほぼ崩壊している政府は、地域自治をギャングに任せるようになったといいます。
裏では政府がギャングに武器を流しているとも話していました。
世界が恐怖で支配された、信じがたい世界です。
アレックス:最近はギャングですらも、国外に逃げているんだ。犯罪者ですら生きていけない国、もうどうしようもない国になってしまったんだ。
ベネズエラのギャングが国外逃亡したために、近年周辺諸国の治安が著しく悪化したというのです。
その結果、ベネズエラ人に対する入国が厳しく規制され始めるようになったと言います。
*連れて行ってくれたベネズエラ料理。
孤立するベネズエラ。
ベネズエラは、実は石油埋蔵量世界一の国。
それでも国は貧困状態。
政府は諸外国に対して、お金の代わりに石油で支払いをしているらしい。
カルメン:他の国も石油が欲しいから、ベネズエラの状況を知っていながら無視しているの。無能な政府が石油を持ってしまったせいで、国民の首が絞められている。
国の管理体制は厳しく、海外メディアは入国拒否。
国の全てのメディアは政府と癒着しているために、報道は偏向報道だらけ。
どんどん世界から孤立して行くベネズエラ。
シリアが今世界から注目されている影で、実は地球の反対側では恐ろしいことが起こっていたのです。
亡命して、働いて、生きていく。
アレックスもカルメンも、他のメキシコ在住のベネズエラ人の友人たちも、
それぞれに新しい生活をメキシコでスタートしています。
カルメン:デザイナーの仕事は自由で楽しそうでいいねって、よく言われるの。でも、外国から来て、ビザを取るのも大変で、仕事するのはもっと大変で、メキシコ人の何倍も努力して私たちは生活しているの。だから、本当は、決して楽しい生活なんかじゃないの。
声を震わせながら、カルメンは言います。
アレックス:ベネズエラはね、本当に素晴らしい国なんだ。綺麗な海にビーチ。もし、いつか僕の国が落ち着いたら、潤pにもあのビーチを見せてあげたいなぁ。
遠くを見据えながらアレックスは言います。
カルメン:実は、私の母親は、まだベネズエラにいるの。毎日とても辛い気持ちでいっぱい。でも、母親は「自分の娘を心配しなくていいから、幸せだよ」って言ってるの。この前なんか、「今日久しぶりにチキンが買えたよー!」って笑いながら言ってたの。心が砕けそうになった。でも、私たちベネズエラ人って、そういう人たちなんだと思うの。
2人を含めた、メキシコで出会ったベネズエラ人を見ていて、そんな境遇に置かれている人たちだということが、全く信じられない。
何より彼らといると、毎日本当に笑いが絶えないのです。
カルメン:ベネズエラ人はね、楽しい時にお酒を飲んでジョークを言って、辛い時もお酒と一緒にジョークを言って、なんでも笑い飛ばしちゃうの(笑)。
そう言いながらに彼らは、もう母国に帰れないことを覚悟しています。
潤pには、この目の前にしているあまりにも大きなミスマッチが、理解仕切れませんでした。
ただ、世界には、母国を失い、それでも笑いながら生きている人たちがいること。
日本にいるだけでは知りようもない世界に、また1つ出会いました。